大量生産と手工業

私たちの文明が「工業化」を果たしたのは歴史的にみても必然的なものでした。その影にあるのは他国との交易が必要になった「国際化」が始まったことが挙げられます。

私たちの世の中は国が違えば言葉が違い、言葉が違えば文化が違うというものです。文化の違いはそのまま「価値」の違いになっていました。「価値」とは、いわばその国の人々が持っている「正義」や「道徳」というようなものです。それらの価値観が違うと、私たちはそれら違う視野、考えを持った人を恐れたりするものです。自分の考えが到底及ばない人たちのことを、恐れるのは当然のことでした。自分たちなら「しない」ことを、平然とやってのける人は恐ろしいものです。それが対集団になると、それは一方にとっては「恐慌」にもなるものでした。

私たちの持っている歴史は残念ながら戦争を繰り返しています。それは生きるため、自分たちが信じる正義を貫くため、自分たちが生きる場所を守るために必要なものでした。それらの戦争は、人の「腕力」だれで雌雄を決するようなことが少なかったのです。そこには必ず「武器」がありました。数に劣っていても、相手よりも優れた「武器」を持っていれば相手に撃ち勝てる。相手よりも硬い剣で相手の盾や鎧を砕くことが出来れば、少数でも戦争に勝てたのです。それらの「武器」は、それはもちろん最初は人がひとつひとつ手作りで用意したものでした。武器を用意するために育まれた技術もあります。武器を用意するために効率化を考えることになりました。最初は手で行なっていたことも、機械を使えば楽にできるのではないかと考えることは当然のことでした。

私たちの国、日本がそのような「工業化」に芽生えたのは幕末でした。島国だったが故、自国内だけであれば工業化せずとも生活することはできたのですが、そんな私たちをそっとしておいてくれない国際情勢がありました。「開国」を強いられた私たちは、自分たちを守るために一気に近代化を図らずにはいられませんでした。それまでは手工業でよかったのです。生活に必要なものはそれぞれ職人が作っていて、それで十分生活できたのです。ですが、諸外国に対抗するためには、また自分たちの身を守るためには、自らも近代化せざるを得ませんでした。

それが工業化のきっかけです。その後は歴史が示すとおり、私たちの国も多くの兵器を作るようになり、それをもって戦争を繰り返してきたのです。裏を返せば、私たちが戦争を知らない種族であれば、ここまで工業は発達しなかったのかもしれません。手工業から大量生産可能な近代工業に発展したのは、私たちが互いに争う種族であったが故なのです。その副産物として、今身の回りにある電化製品などが生まれました。そう考えると、便利な世の中になったのは戦争があったおかげであるということになります。

私たちは今、誰もが平和を感じて暮らしています。平和であればあるほど、私たちは新たな「欲求」を感じるものです。平和であればあるほど、私たちは新たな技術に憧れを持つものです。ですが、それとは裏腹に「戦争」になれば一気にさまざまな技術が開発され、私たちの知らないところで兵器として利用されるのです。それは「生きるため」ではあるのですが、なんとも悲しいことではあります。